写真に真は写らない。写真は現実の事態を写す鏡でもなければ、世界へ開かれた窓でもない。
では写真にはいったい何が現れているのか。
それは写真的事実としか言いようのないものである。現実がきっかけとなっていたり、現実に似ていたりするが、現実をそっくり写したものではない。
写真に現われているのは、あくまで「写真的事実」である。
作品としての写真を考えたとき、写真的事実を意識することになる。
写真的事実を意識せずに産み出された作品は、どんなに優れて見えたとしても、単なる「まぐれ当たり」でしかない。
写真的事実を追及するあまり、写真的事実の現われが誰の目にも明らかな作品を生み出してしまうことがある。自分の作品で言えば、天地の反転した一連のシリーズ・・・。
しかしそれはおそらく短命な作品となるだろう。半減期の短い放射性物質のようなものだ。
時間に耐える作品を作り出すには、写真的事実を意識しつつも、写真的事実の現われが察知されないような配慮が必要となるのだ。
鏡のように見えるが鏡ではないもの。窓のように見えるが窓ではないもの。
そういう面倒な構造が要請されているのだ。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。
