水門を訪ね歩いていると、川の下流をうろうろすることが多い。水門があるのは基本的にがっちりと堤防の築かれた下流域だからである。では上流はどうなっているのか。もちろんずーっと上流の山の中にはダムがあるのだが、ダムまでの間には大きな構造物は何もないのかというと、そういうわけでもない。農業用水の取水のために作られた可動堰がある。それが頭首工と呼ばれることは最近書いた通り。ひきつづき今度は石狩川の上流に分け入って、もう誰も行かないような場所にある頭首工に行ってみた。
石狩川の上流部はかなり奥まで米作地帯なのだ。もともと暖地性の植物である稲がこんな寒いところでも育つのは不思議な気がするが、そういうことをやり遂げてしまうところが日本人の器用さなのであって、がんばって作れるようにしてしまった。言うまでもないが米を作るためには大量に水が必要なので、用水が発達する。本州以南であれば古代から稲作をやっているから取水施設や用水路もわりと素朴というか小規模というか、前近代からのものがずっと使われていたりすることも多いのだろうけど、北海道では用水システムも近代以降に一気に構築されたので、頭首工がどーんと立派なのではないかと思っていた。それを確かめるためにはぜひ見に行かねばならない。それってどんな使命感なのか。
前回の神竜頭首工から27キロ上流。JR宗谷本線に比布という駅があって、大昔ピップエレキバンのCMでやたら有名になったのだが、その隣の駅である南比布の近所にあるのが近文頭首工だ。まるで説明になってないな。とにかく国道のすぐ脇にある神竜頭首工などとは違って、見つけにくいところにある。当然のことながらカーナビに頭首工など出ないので、あてになるのはやはり2万5千分の1の地形図だけである。
北海道のいいところは、河川の堤防が一般車通行可であるところ。信じられないほどナイスなサービスだと思ったが、他に道がなかったりするのでサービスじゃなくて現実的にそうでないと困るのだった。細い堤防をずーっと走ってて、対向車が来たらどうしようと思ったが対向車は確率的に「来ない」とみなせるのである。でももし、万が一来た場合のために、「側帯」というのが作られている。もちろん側帯はすれ違いポイントではなくて、あくまで堤防の非常用の土砂を備蓄したりするための付属施設である。でもたまたま、あくまでたまたますれ違いにも便利だったりする。このあたりのホンネとタテマエ的な柔軟な運用が北海道らしくていいぞ。
堤防の上を走っても川までの間の空間には木が生い茂っており、頭首工の姿が全く見えない。地図で当たりをつけたところに突っ込んでみたら、2度目で当たった。
はい。お待たせしました。
平地の河川敷だからクマは出ないはずだけど、それ以外の何が出てもおかしくないような場所である。おまけに雨が降ったり止んだりで撮影どころじゃない感じだ。草をかき分けて水面まで行くと、対岸の取水口のある側はもうちょっと開けている感じがする。あっちから攻めるべきであったか。
今日まわる中で最も下流の頭首工で、すでにこの雰囲気である。これより上流だといったいどうなるのか。最終的にやはりクマに襲われるのではないかと心配になってきた。
写真だと静かな水辺の空間という雰囲気だが、実際には水が落下しており、結構な大音量でざーざーいっている。だから後ろからいきなりがぶり、みたいな襲い方が可能で危険である。

写真をクリックすると、Panoramio上のわたしの写真に飛びます。
位置情報と大きな写真は、毎度ながら上の写真をクリックしてPanoramioから見てね。
雨が心配だが次の頭首工へ向かう。
次回をお楽しみに。

お約束の銘板。でも農業水産部長のサインはなかった。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。


