
(2012年3月撮影)マリンワールド海の中道のラッコ、マリン。
またしても、10年以上前の写真を引っ張り出してきました。
撮りっぱなしで公開してなかった昔のラッコ写真を少しずつ発掘してお見せする、というお節介な企画を続けてます。

実はこの日の撮影は当時、すぐにブログの記事↓にしてあります。


人工哺育になった2012年1月生まれのベビーラッコ(のちにマナと名付けられます)の記事↑は書いてたのですが、ベビーラッコの母親であるマリンの様子は、記事内で1コマぐらいしか出してませんでした。というわけで、今さらですが、今日はマリンをメインにして1本書きます。

マリンは1999年12月生まれですので、この当時12歳でした。

マリンは2005年、2006年、2009年、2011年に出産してますが、こどもはみんな短命でした。
そして2012年1月に生まれたベビーラッコ(マナ)は、まさにこの撮影時、スタッフの手によって懸命な人工哺育が行われていた、というわけです。

この2012年の人工哺育の経緯は、うみなかスタッフによる詳細な日記が残されているため、多くのラッコ好きのみなさんがご存知と思います。
そうでない方は、お持ちの方も多いと思いますが、「ラッコ沼への招待状」のp.100-101をお読みください。

あるいは、「ラッコBOOK」のp.84-89にも詳しいお話が。

もう一つ、マリンワールド海の中道のオリジナル出版物「らっこ MARINE WORLD RACCO HISTORY」株式会社海の中道海洋生態科学館/キッズプロモーション/2022のp.28-35に、より詳しく記載されています。こちらは現在、品切れになっているみたいです。

さて、マナの父であるナダはこの時、すでにアドベンに移動しており(2012年1月)、代わりにアドベンからやってきたのがこちらのリロ↑ この時、5歳。
いや〜毛の色が若者ですね!(ピントが来てませんがあまりにおいしそうにイカ食べてるので載せてしまった)

リロ↑はその後、うみなか最後のラッコ、というより日本の飼育ラッコ最後のオスになっちゃうわけですが、この時点では、まだ若いオスの中の1頭に過ぎませんでした(いや、すでに若いオスむちゃくちゃ貴重になりつつあった時期と思いますが)。

マナが生まれたので、マリン↑が繁殖可能なうちになるべく多くの可能性を…ということでリロが呼ばれたわけです。

わたしがぐだぐだ書くよりも、当時の掲示物をお見せするのが一番ですね。平成で書かれると残念です。いまだに頭の中で変換できません。

リロ↑、ほんと若い!
それにしてもこんな写真を埋もれさせてたわたし、つくづく悪者だよね。上からウチムラサキの殻が落ちてきて頭に当たるぞ。

で、リロ↑とマリンで繁殖が成功し、この年(2012年)の10月に出産があったのです。
実はその際も撮影してるのですが、悲しい結末になってしまったのでブログに出すのを躊躇してた、というのを思い出しました。でも埋もれたままはよくないです。貝殻が落ちてくる前に発掘し、早めに掲載します。

マリン。尻尾グルーミング中。

面白い形になってます。なんかうふふな感じ。
次の更新まで、少々お待ちください。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。
