
(2016年3月撮影)横浜・八景島シーパラダイスの最後のラッコ、ユータン。もう10年も前の写真がなぜに今ごろになって出てきたのかな。
ここみたいな独立系ブログは、noteと違って自動的にお客さんが来ないので、検索(最近ではAIの引用元経由も多い)されたりとか、SNSで出店を出したりして読者のみなさんを誘い込むわけですが、検索キーワードってあるじゃないすか。業界用語だとクエリって言いますが、要するにこのブログにたどり着いたお客さんが打ち込んだキーワードの話ですが、その1位って、何だと思います?
なんと、カワウソじゃなくてラッコなんです!
「ラッコ カワウソ 違い」なんて単語の組み合わせがトップクラス。実はカワウソも2位ぐらいに来てるのですが、普通のカワウソじゃなくてオオカワウソだったりするんですよね。もうほんとマニアックな人多いよね。うれしいけど。
さて、それだけラッコが見たい方が多い昨今なのに、山積みになっているようなコツメ記事に比べて、明らかにラッコの記事が少ないですよねこのブログ。そんなことではいけない、と反省しました。今の世の人々はラッコを見たがっておる。というわけで、撮りっぱなしで公開してなかった昔のラッコ写真、データを発掘し、少しずつお見せしようと思います。

今回、八景島を取り上げたのは単なる思いつきに過ぎないです。八景島といえばこれ、ハートの氷を持ったラッコのビジュアルで絶大な人気を博しました。
しかし2010年台の後半、日本におけるラッコの飼育がどんどん減っていく流れの中にあって、八景島も例外なく頭数が減っていきます。最後に残った個体がこちら、ユータンでした。

イカ食べながら説明を続けます。
ユータンは2001年5月31日のとじま生まれ。母はララ、父はプータン。2002年には八景島で暮らしています(移動日など詳細は今わからんです)。

ということはこの撮影の時には15歳だったのですね。
2009年までは兄である(あ、ユータンも男子です)ピータンもいたのだそうです。この撮影の頃にはユータン1頭だけ。
【2026.08.24 追記】ピータンがいつ移動になったのか、掘ってたら資料が出てきました。2010年2月18日にのとじま水族館にBLで移動(人間の事情はどうであれ、本人としては生家に戻って父の跡を継いだ、ってことになる)とのことです。2011年10月にのとじまで掲示されていた文章を貼っときます。当時の状況がわかります。


ラッコ専門フォトグラファーではないので、はっきり言ってわたしはラッコ撮るのがヘタです。こんなキメどころのない写真ばっかりでごめんなさい。
ところで最近のラッコ写真、ラッコ動画って本当にきれいですよね。もちろん鳥羽の展示環境が素晴らしいということもあるし、撮影機材の技術的な発達がものすごいということもあるし、ガチでラッコ好きのみなさんのラッコ愛がとんでもなく熱い、っていうこともあろうかと。
でもこの撮影の頃、今から10年前って水族館でラッコ撮ってる人、あまりいなかったような気がする。展示も何となく寂れ気味のところが多くて。えーそんなことないよわたし撮ってたよ、って反論がありそうだけど、今と比べたらぜんぜん少なかったでしょ。今と比べるのは無理があるような気もするけど。

今回データを発掘しててあらためて感じたのだけど、機材の発達というより、撮影後の画像をいじくるソフトの発達の方がものすごい。これ毎回書いてますね。
今回お見せしているデータ、撮影直後にはすべて捨てたコマです。何で使えなかったかというと、まずは感度上げ過ぎ(昔のラッコ展示はどこも暗くて…)てノイズまみれであること。
これは現在、現像ソフトの側でAIを使ったノイズリダクションが簡単に使えるようになって、塗り絵っぽくなってしまうことを我慢すれば、まあ公開に耐える画質まで持ってこれるようになってます。

もう一つ大きい要素は、当時の水族館の展示照明がメタルハライドで、フリッカー現象が発生すること。これはカワウソやラッコみたいにシャッタースピードを上げて撮らねばならないわたしらの場合、まともに食らうわけです。
蛍光灯と同じように電源の周波数で点滅しているメタハラランプって、色温度も光量の立ち上がり立ち下がりで変化してて、その結果、撮影のコマによって色が激変してしまう。当時誰もが経験したはずの、あの厄介な現象です。
これって、メタルハライドならぬ、メタルハラスメントですな(←それが言いたかっただけでしょ)。
現在の水族館の展示照明の多くはフルスペクトルLEDに置き換えられており、光量も十分で、色温度の安定度など比較のしようもないほど進化してます。つまり写真写りがめちゃくちゃよくなってるわけです。
そんな結構な時代になったのに、ラッコの方がいなくなってしまいました。

とにかく、10年前はそんな夢のような照明じゃなかったので、当時撮ったデータは一枚ずつ、今でも手で色温度を合わせる必要があります。当時でも最新のカメラだとすでにフリッカーレス機能があったような気がするのですが、わたしの機材は最新ではなかったので、これはまあ仕方ないか(それとオートホワイトバランスは望遠撮りでは画角の変化で環境光の状態を反映しない仕組みなので使えない、という頑なわたしの撮影ポリシーもよくないのかも)。

これがユータンの人相(獺相)だ! ってコマがなくて、ほんと申し訳ない。実は正面で目線もらってるコマがあったのですがピントがアウトで。
当時捨てたコマばかりではありますが、今になると貴重なラッコ展示の記録になりかけてます。捨てちゃダメだなこれは。

おおっと、そこで大股びらきかよ〜
ユータンはこの翌年、2017年4月13日に亡くなったそうです。お疲れさまでした。
この仕事はもう少し早く進めないといけないような気がしてきた。次はどこのラッコ写真を発掘するか、まだ決めてませんがお楽しみに!


佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。
