カワウソ暮らし、のはじまり

千葉市動物公園のコツメカワウソのアップ。器用な前脚で木の枝を引っ張って遊んでいる

———それは不幸中の幸い。きっと、カワウソに、同類と見込まれたんですよ。大変だ。またきますよ。取り憑かれたら、一生、カワウソ暮らしだ。

梨木香歩『家守綺譚』 新潮文庫 2004

今年も世界カワウソの日が近い。毎年、5月の最終水曜日なんて気忙しい時期にやってくれるなあと思いつつ、何も貢献できないまま、もう10回目だそうだ。もっとも、わたしに何か貢献できることがあったかどうかは、かなり疑わしい。

どうせ役立たないのなら、今年はカワウソの日に寄せて思いっきり役に立たない記事など書いてみることにする。わたしがはじめてカワウソに出会ったのはいつ、どこでのことか、という個人的な話。

東京書籍刊『カワウソ』の最後のページに「わたしのカワウソライフ」というのを初版からずっと入れてもらっているのだが、それには「2004年・秋 モノレール乗りのついでに行った千葉市動物公園で…」と書いてある。そう、これこそがわたしとカワウソとの出会い。でもこれではあまりに話が簡単すぎるので、生きているうちにもっと詳しく書いておきたいと思っていた。

千葉市動物公園のコツメカワウソ展示、2004年。わたしの初めてのカワウソ撮影(1)

まず上の写真、これがわたしが生まれて初めて撮ったカワウソ写真である。

このショットの一つ前はビーバーだった。つまりわたしは現在のライオン展示場方面からアメリカビーバーを眺めつつ、何も考えずにコツメカワウソ展示に接近し、水中が見られるガラス越しに、このファースト・ショットを撮ったことになる。2004年11月30日の午後であった。今から21年と数か月前の、奇跡の邂逅である。何とも大げさな書き方だが、何しろこれでその後の人生がかなり変わってしまったのだから、ここは遠慮なく大げさに書いとく。

千葉市動物公園のコツメカワウソ展示、2004年。わたしの初めてのカワウソ撮影(2)

さすがに今回は、今の基準で考え、見るに耐えられるショットだけを少し掲載することにする。この日に撮ったほとんどはカワウソがブレまくっており、うっかり載せると間違いなく職業的信頼度に悪影響を与える。

さて2004年当時、まだ今でいうところの交通系ICカードというものは出現しておらず、公共交通機関では磁気プリペイドカードが使われていた。そして関東の私鉄各社は「パスネット」と称して相互使用ができるようになっていた(みんなもう忘れてるでしょ?)。電車とバスを使って撮影に行くスタイルなので、当時のわたしは行く先々で各社のパスネットのカードを買い足し、移動を続けることになる。

この「カワウソ遭遇Xデー」の数か月前、世界最長の懸垂式モノレールである千葉都市モノレールの全線乗車と、千葉市の都川河口の河川構築物の撮影に出かけたわたしは、モノレールの千葉駅でその名も「モノレールカード3000」というのを2800円で購入した。そして買ってからカードが千葉都市モノレール専用であることに気づく。

この日は全線乗ったけど額面の半分も使いきれなかった。つまりわたしの手元には、千葉でしか使えない1500円分以上残ったカード、が残ったわけである。われながらすごいレベルの低い伏線だな。

千葉市動物公園のコツメカワウソ展示、2004年。わたしの初めてのカワウソ撮影(3)

ちなみにこの時のカメラはまだデジタル一眼ではなく、コンデジだ。メインのモチーフである水門なんかは、まだ大判フィルムで撮影していた。コスト面からフィルムはもう使いたくなかったが、高品質のイメージはまだデジタルでは難しかった、そんな時期である。

さて数か月後、モノレールカード消化のためだけに千葉に出かけた。すでに全線乗ってしまったので、こういう場合は仮の目的が必要である。では動物園にでも行ってみるか、というのはほんの思いつきだった。

そういう経緯での、マイ・ファースト・オッターなのである。感動的な要素は何もなく、話としてもかなり情けない。

千葉市動物公園のコツメカワウソ展示、2004年。わたしの初めてのカワウソ撮影(4)

さらに、実を言うとこれだけでカワウソにどハマりしたわけではない。カワウソって想像してたのとかなり違う、変な(面白い)動物だな、と思っただけである。だから撮れない!撮りにくい!という印象だけが残った。

当時は水門という動かないものを撮っていたので、自分の持つ写真のシステムに望遠、オートフォーカス、高感度、速いシャッタースピード、という性能は不要だと思っていた。しかし、この日カワウソがちゃんと撮れなかったわたしは、ひょっとするとこれらの性能は必要なものかもしれない、と考えが変わってしまった。笑えた。

カワウソは小さく、薄暗いところにも入り込み、動きは速い。これを撮ろうと思ったらそれまでわたしの不要と思っていた性能に頼るしかない。わたしはこの時点で地殻変動的な深い部分での変化を喰らっていたようだ。

翌2005年3月、シンガポールに出かけた。成田に降りて千葉ズーに行く人はあまりいないと思うけど、シンガポールに行ったらシンガポール動物園に行くのはそれほど珍しいことではない。で、行ったらまた出会ってしまったのである。ロケットの2段目点火である。このことは前に記事に書いた。

シンガポールカワウソ・本場でキュイ photo 6
シンガポールカワウソ・本場でキュイ
コツメカワウソの本場、シンガポールに行ってきました!・・・と言っても5年前の話です。写真データを整理してたら出てきました。ぜんぜん真剣に撮ってないのでお腹いっぱいにはなりそうにないですが、ちょっとおやつ代わり、というかペレット代わりに見てや…

ブログに書いたのが、行った5年後の2010年だから話がややこしくなって申し訳ない。ブログを長くやってると、どんどん時制がぐちゃぐちゃになっていく。ブログの中では時系列の関係を維持しようとしてはいけないのかもしれない。

そしてこの年(2005年)の夏、運河エレベータの撮影で行ったドイツでのこと。ベルリンの地下鉄でこんなポスターにぶち当たった。

カワウソ暮らし、のはじまり photo 11

Otter Zentrum、ドイツのカワウソセンターである。ベルリンからかなり遠いこの施設のポスターが、ベルリンのど真ん中の人通りの多い通路になぜ貼ってあったのか、全くわからない。これって日本で言ったら、長崎ペンギン水族館のポスターが、東京のたとえば大手町の地下通路に貼ってあるようなものなのだ。

何か、目に見えない糸で引き寄せてられているような感覚。何かがわたしに、おいでおいで、している。

そして3段目の点火が致命傷となった。翌2006年のマレーシア国立動物園。これも記事にしている。

マレーシアカワウソ・本場でキュイキュイ photo 7
マレーシアカワウソ・本場でキュイキュイ
いろいろと忙しくて、すっかり更新のペースが乱れてしまいました。今日は久々に海外のカワウソを見てみましょう。前回のシンガポールに引き続き、今度はコツメカワウソの本場、マレーシア。首都クアラルンプールの郊外にある国立動物園(Zoo Negara…

これも書いたのが行った4年後で、時制はさらに複雑に入り組むのであった。この時マレーシアで見たものは、コツメの群れが餌をねだって大合唱、と言う場面であった。なんでそんなのが、人生狂わせるほど、わたしの中の何かを破壊してしまったのか。今となっては冷静に分析するのも無理だ。

ここまではコツメ(とビロード)しか出会ってないが、ユーラシアと出会ってしまったのが台北であった。翌2007年のことだ。これまた情けない記事になっている。

蔵出し2013冬・その3・2007年の台北カワウソと謎 photo 8
蔵出し2013冬・その3・2007年の台北カワウソと謎
蔵出し、と言うか、こうなるともはや発掘ですな。2007年の台北動物園(臺北市立動物園)の写真が出てきました!撮影は4月ですが、何ともしっとりとした気候です。植物がみずみずしい。モウコノウマですね。バーバリーシープですね。何かしっとりの似合わ…

2007年に行ったのを2013年に書いているやら、カワウソが全く止まってないわで、もうかなり恥ずかしい写真と記事である。

こんなことをやっているうちに、なぜかカワウソの本を出すことになってしまった。2009年のことだ。自分的には力不足&経験不足であり、無理で〜す!と断ったのだけどぜひ、と言うことで話が進んでしまった。2009年の夏は北海道で水門を撮りまくっていたのだが、その最終日を当てて、とりあえず本格的にカワウソ撮影を始めることにした。

最初の取材先が、地下鉄で行けてしまう札幌のサンピアザ水族館、と言うところがお手軽感満点である。その前の日まで石狩川の上流域で頭首工(可動堰)のハードな撮影をしていたのだから、これではレクリエーション感覚だ。さすがにカメラはデジタル一眼になっていたが、レンズは短い。望遠は持ってなかった。

カワウソかわいい photo 9
カワウソかわいい
Otterhaus = カワウソの館、を名乗っているにもかかわらず、今までカワウソの話題をまったく取り上げてこなかった。これでは「看板に偽りあり」であって、よくない。近頃は世の中もお盆休みということもあり、わたしもちょっと反省したので今日は…

ついにここから撮影とブログ記事の時制がシンクロした。それはいいのだが、カワウソかわいい、なんていうド直球というか、今のご時世だとうっかり口にできないようなタイトルになってしまっている。2026年の今の日本だったら、ちょっとこれは言いにくいわな。

そういえば先日どこかで「かわいいは封印」と言うようなフレーズを見かけた。その背景は園館に来るお客さんたちの多くが飼いたい飼いたい言ってる現状を変えたい、と言う気持ちであることはわかる。もちろんその気持ちには大賛成だ。でもね、かわいい、をまるっきり封印してしまってはダメだと思う。封印はせずに、あきらめず、「かわいいの先へ」とうまいこと誘導することを続けないと。かわいいは入口として、ものすごいパワーを持っている。表面的に禁じてしまっては、その中身の方に変な歪みが出てしまいかねない。

話が逸れた。

本が出ることが決まってから撮影に駆け回る、という無理な展開の、2009年後半のわたし。これはもう泥縄の極みである。でもめちゃくちゃ動いた。今では信じられないペースでカワウソ撮影を重ねた。その頃の話はまたいずれ。

市川市動植物園のコツメカワウソ展示、2009年

2009年9月。はじめて市川市動植物園へ。

市川市動植物園のコツメカワウソ、ムツキ。2009年

海遊館から移動してすぐで、引きこもり段階のムツキと出会う。この後、数年に渡り、たくさん撮影させてもらった。今さらだけど、ありがとう。

千葉市動物公園のコツメカワウソ展示、2009年

そして再びの千葉市動物公園。

ここで初めてコツメを見てから、5年が経過していた。5年かかってわたしの地殻変動が完了した。そして市川市動植物園と千葉市動物公園は、わたしの中で「二大カワウソ撮影地」となっていく。

千葉市動物公園のコツメカワウソ、チイコ。2009年

5年前に撮らせてもらったカワウソはバックヤードで隠居生活となっていた。新しいペア(チイコ+ポンタ)が展示されていた。このペアにも多くの素晴らしい場面を見せてもらった。今さらだけど、ありがとう。

そして2009年この日、ついにあの「モノレールカード3000」を全額使い切ることができた、と言うのがこの記事のオチである。

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