Your own risk

Your own risk photo 6
1998/12/21 Tokyo

カメラをバージョンアップする、ということについて。それは買い替える、ということではなく、デジタルカメラのファームウェア(動作プログラム)のバージョンアップのことを言っている◆デジタルカメラは使っているうちに、それがデジタルであるかどうか、だんだん考えなくなってしまうのであるが、バージョンアップして今までなかった新機能が現れたり、電池の持ちが多少よくなったりする、そんな変化に遭遇すると、実はこれはやっぱりコンピュータなのだな、ということをふたたび認識させられてしまう。もちろん銀塩写真のカメラであってもきょうびCPUのひとつやふたつ内蔵しているのが当たり前だ。しかしその動作プログラムを(ユーザが)更新する、というような行為は今のところ寡聞にして知らぬ◆わたしの使っているKodakのDC210というデジタルカメラは、アメリカのKodak本社ページからは最新版のファームウェアが自由にダウンロードできる。これによって日付の画面書き込みができるようになったり、液晶画面のメニュー言語をドイツ語やらフランス語やらに変更できる(だからどうした、というところもあるのだが、もちろん日本語も入っている)◆ここで面白いのはメーカ側の考えるユーザ像が、日本とアメリカで明らかに違っている、という点である。つまりユーザにどこまで委ねることができるか、という境界線が、日本とアメリカではちょいと違った位置を走っているのだ◆日本のユーザはマニアと「お客さん」ばかりで真ん中がない。徹底的にいじくり回す少数のユーザがいて、一方の大多数は自分はお客さんであるからいたれりつくせりサービスせよ、とばかりに踏ん反り返っている。こういうユーザ構造だとメーカとしては「ちょっと協力してくれるとぐっと良くなるんだけどな」的情報は危なくて流せないのだ。提供したところで、何だそんなことまで客にやらせるのかよ、的なネガティブな反応が帰ってくるのが関の山だからだ。それでもバージョンアップを、という声に対しては、サービスステーション送りで何万円いただきます、みたいな対応になってしまう。悲しいね◆アメリカという文化の特徴のひとつは、自分で何でもやってしまうという点にある。ユーザにも「あなたのリスクでやってね、保証はしないけど良くなるよ」と割り切って何でもやらせてくれるようなノリがある。わたしとしては全面的にこちらの方が好ましい。責任は自分で負うから、もっと自由にやらせていただきたいのである◆もちろんこの文化の延長線上には、他人の家の庭先に好き勝手に巡航ミサイルを打ち込んで「正義の味方」を決め込むような厄介な顔も見えてしまうのであるが。

Vintage article seriesは、1997年から2004年まで、わたしの作品サイト上にあったログ的なコンテンツを、本ブログ『Das Otterhaus』に復刻的に再掲した記事群です。ブログなどCMSが普及する前の時代に手書きHTMLで日々追記されていた記事は、展覧会などのお知らせ、雑感、制作上の試行錯誤の記録などが混在しています。その多くは字数も少なく画像のサイズも小さく、今の基準からするとコンテンツとしての価値はありません。しかしこの年代にこのような記述があったという事実は残すべきであると判断し、ブログの基層としてのデータの蓄積を維持しています。[2026年5月]
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