Vintage article series: jsato.org | talk 20040315 – 20041027

人から写真をもらう、というのはしばしばあることだが、よく考えてみると不思議な行為だ。写っているのはかならず自分の姿で、時にそれは酔っぱらった醜態であったりする。赤ら顔の自分の姿など見たくもないものだけど、くれた人の気持ちを考えると簡単に捨ててしまうのもはばからる。結局もらった袋に入ったままいつしか引き出しの奥の方にため込んて、そのまま忘れてしまう。
このあいだ、たまには引き出しの整理でもしてやろうかと、15年分ぐらいたまってたのを、それぞれ封筒から出し包み紙をひっちゃぶいては、すべて床にぶちまけてみた。他人の目に映った自分の姿を15年分、順番を無視して眺めていたら、何とも形容しがたい気分が込み上げてきて、見るに堪えなくなった。ランダムなひとかたまりとなったサービス判のプリントは、別の大きなひとつの封筒に突っ込まれ、もとの引き出しの奥へと帰っていった。
このように人からもらう写真はちょっと扱いに困る存在だが、最近はサービス判のプリントでなくてCDをくれる人が増えてきた。もちろんこれは生CD(かつて新品のテープのことをナマテープと呼んでいたものだが、CDでもこう呼んでいるのだろうか)一枚の値段が、サービス判の写真一枚のそれとほぼ同じにまで下がってしまった今だからこそ可能になった。つまりは21世紀の新たな習わしということになる。同じ出費でCDなら数千枚の写真を人に渡すことができるのだ。もらった方にしても、何だかよくわからないけどどちらかというとありがたい、という気分になる。普通に生きていたら、死ぬまでにあと何百枚もCDをもらうということはないだろうから、プリントでもらうよりは保管場所に困ったりしなくて助かるとでも考えがはたらくらしい。
CDをもらうようになって、自分がもらう写真の内容にちょっとした変化が起きていることに最近気がついた。プリントの時代には自分が写っている画像だけが自分の手元にやってきた。CDの場合はその時その場にいたであろう、すべての人間や事物の画像が、丸ごとぜんぶ手元にやってくることがある。プリントではその相手が写っているプリントだけを「焼き増し」し、選別して渡すところが、CDではその複数の関係者が写っているすべての画像をまとめて一枚のCDに焼いてしまい、それを人数分コピーして渡す、というプロセスになってしまったのではないだろうか。わたしは人に写真をあげる習慣がないのでこれはもちろん推測にすぎないし、個人の編集作業への固執度によってだいぶ違いもあることだろう。しかしとにかく、今までなら来なかったはずの「おまけ」の画像が手元にやってくることになるのである。
大学の研究室で机を並べていたC国君が亡くなったのは3年前の暮れだった。C国君はその後ドロップアウトして美術系に進んだわたしなどとは違い、卒業研究に関連した企業の立派な研究職となっていた。そして光触媒というよくわからない不思議な基礎技術の研究で独創的な発見を成し遂げた直後に、肺高血圧症という難病であの世へ旅立った。38歳だった。
卒業後に連絡を絶っていた同級生の何人かに訃報が伝わり、彼の実家を訪ねることになったのはその翌年、もう梅の花も咲こうかという頃のことである。型通りに線香などたむけた後はご両親、残された奥様をまじえてしばし思い出話に時間を費やし、ビールなどいただいてなごやかなうちに仏前を辞した。
その後2年経って記憶も薄れたつい先日、同行したY成君から一枚のCDが送られてきた。そういえばY成君は小型のデジタルカメラでその場をまめに撮影していたような気がする。画像を見るソフトを立ち上げてCDを読み込ませた。当日の様子が何枚か続いたあと、はっとする画像が現れた。C国君の結婚式の写真である。さらに時間はさかのぼり、大学の卒業式の日、さらにはC国君とわたしの机が並ぶ、当時の研究室のほこりっぽい4年生部屋の様子などが続いた。そしてそれは突然途切れて、ふたたび2002年の仏前の様子となり、終った。
あの日、Y成君は「複写」をしていたのだった。その場を普通に写すだけでなく、ご両親が持ち出してきたC国君ゆかりの写真を一枚一枚たんねんに、デジタルカメラで写し取っていたのである。撮られたのは2002年なのに、指し示しているのはそれより20年近い昔、という時間が入れ子になった写真。それが何の前触れもなく突然あらわれたので、しばし呆然としてしまった。大学時代応援団で鳴らしたY成君がそんなまめまめしいことをしていたというのも何だかほほ笑ましい話なのだが、彼をして複写という行為に向かわせたのは間違いなくデジタルカメラという存在だろう。
Y成君の快作CDの最後のコマは、春の夕陽に浮かぶブルーベリーの鉢植えだった。亡くなる前にC国君が植えたものだという話を思い出した。
【2026.1.31 追記】画像を追加。ひょっとすると2020年代の今となってはこのタイトルの意味がよくわからないかもしれない。2000年代の初期、写真表現業界においてデジタル写真は「ニセモノ」扱いで、シリアスな領域の表象を扱うことに否定的な声が多かった。われわれはその古い価値観に楯突いて戦っていたものだが、今となっては何の意味もない戦いだったような気がする。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。
