
もう10年以上前の1990年代の話。師匠のお供でブルガリアからトルコに列車で向かっていたときのこと。国境を越えてすぐのエディルネという町の、市街が広がる丘の上に、ひときわ大きなモスクの姿を見た。それがシナンというオスマントルコ時代の建築家の最高傑作と言われる「セリミエ・ジャーミー」なのであった。ソ連製のインチキなカメラで走行中の列車の窓から2枚ほど写真を撮っただけの邂逅だったのだけど、なぜか目に焼き付いてしまった。
同じくシナンの代表作とされる「スレイマニエ・ジャーミー」は、以前イスタンブールの街中で見ていた。しかしその時にはその建築家の名前はそれほど強く記憶されることがなかったのだ。イスタンブールの都から200キロあまり離れた地の、他に大きな建築もない丘の上。遠目にもあり得ないほどのボリューム感でそびえ立っているセリミエ・ジャーミーの発する、何だかわけのわからない力強さが、シナンという名を強く記憶にとどめるように作用したらしい。
夢枕獏の『シナン』を書店で見つけ、文庫2冊を一気に読み通した。シナンという建築家がどのような生い立ちでどんな仕事をしたのか、そして100歳まで生きたことなどいろいろな史実がいちいち面白かった。もちろん歴史小説なので面白おかしく脚色したり想像で書いてあったりするわけだけど、それは元ネタとなる史実が興味深いから面白く書けるのだ。本格的に建築の仕事をはじめたのが50歳を過ぎてからで、それで400以上の作品を残すなんて、現代の感覚ではほとんど信じられるものではないのだが、その超越性があるからこそオスマントルコ最大の天才建築家と呼ばれるようになったのである。
シナンも十分すぎるほど凄いのだが、実はもっと凄いのは、シナンの時代ですでに建ってから1000年経過していた「アヤソフィア」だろう。シナンはこのビザンチンの巨大聖堂を越えようとして建築の仕事を続けたように書かれているのだが、さもありなんという気がする。自分の生きている時代より1000年前から建っている建築物を越えられないと言うのは、建築家としてはそりゃあかなりくやしいだろうと思う。
イスタンブールを訪れる者はいくつかの巨大ジャーミー(モスク)とアヤソフィアに立ち寄ることになる。うっかりしていると、どれもでかくて凄いなあ、で終ってしまうのだが、これだけは忘れてはならない。アヤソフィアは、他の16~17世紀のジャーミーより1000年も古いのである。アヤソフィアははっきり言ってバケモノ建築だと思う。中の巨大ドームの下に現れる巨大な垂直空間は、現代人のわたしでも驚愕するほどの未体験ゾーンであった。空間と言うのは囲われてはじめて意識されるのだ、ということを、はじめて強く体感する経験になった。
シナンはセリミエ・ジャーミーでようやくアヤソフィアを越えることができた。87歳であったという。そしてセリミエ・ジャーミーの建つ丘は、もともと一面のチューリップ畑であったのだという。今度はエディルネで列車を降りて、あの丘を上ってみたいものである。


【2026.3.31 加筆修正】

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。
