Airの全作品を編集し直してアップしてますが、その第3ブロックができました。No.147から101、すべて2003年の撮影です。
このブロックの途中でカメラが交代してます。古いやつはピンが甘くてブレも多い。否定的な意味で言っているのではありません。それによってかえって「空気」の存在感があるように見えるところが面白い。曖昧な輪郭とブレによって空間が濁り、その空間に空気が充填されていることに意識が及ぶようになるのでしょうか。輪郭線を強調して鮮鋭性を高める、という写真システムの持つ工業的な指向から外れた道が、面白く感じてしまいます。
実用性や再現性でないところに価値を置いてカメラを使うというのは、なかなか理解されないのだろうなあ。