Vintage article series: Humdrum 19971020 – 19991231
●引越しとその前後のゴタゴタで習慣がすっかり狂ってしまい、このところずっと川へ行ってない。ちょうど梅雨で、いつも川の中にいるようなもんだし、まあいいか~なんて思いながらあちこちの写真サイトを見て回っていたら大変なことに気が付いた。何とWebには「季節」があるのである。いやいやこれじゃ読んでいる人は何のことやらさっぱりわからんな。詳しく書こう●どのサイトの写真も、ちゃんと梅雨(あるいは梅雨という季節)が写っているのである。ちゃんと更新を続けている日本国内の写真サイトなら、至極当り前の現象に違いない。あまりに真っ当すぎて、言葉で説明することすら不可能な気もする。では一体どうしてそんな当然を大変なことと感じたのだろう●リアルタイムで撮影~即~公開可能であるメディアということ。それが個人の手に入っているメディアであるということ。要するにそういうことどもがベースになってるんだけど、これを頭で理解していただけなら雨の写真を見ていちいち感動するには至らないぞ多分。じゃあこういうことか?Webというものが季節と同じレベルまで無意識領域へ浸透してきて、ついに「体感」の対象になった、ということ?まさかねえ●しかし待てよ、メディアの存在感(プレゼンス)が体感の領域まで降りてくるような感じ、というのはこれがはじめてではないような気がする。そうだ、ラジオだ。ラジオの放送の内容は頭で理解するけど、音質は体感だ。音色(つまり周波数特性)の違いは体感で受けるものなのだ(8年も前の話で恐縮ですが、これ [Broken Link : http://www.bunny.co.jp/jsato/mt/mt02radio.html] を参考にしてください)●どこかでラジオが鳴っている感じ、というのが今までWebというメディアでは感じられなかったような気がする。しかしさっき感じたのはまさにこれだった。どこかで雨の写真が写っている感じ、だ。どうもまだ説明がちょっと変だ(笑)。無理に名前を付けるとすれば、空気感とでも言えばよいのだろうか。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。
