Vintage article series: Humdrum 19971020 – 19991231

●またしても出所不祥の引用で恐縮だが、バッハは生前、オルガン奏者としては認められていたが、作曲家としては大きな評価を獲得していたわけではなかったという。これは何を意味するか。バッハはパンクスであったということである(おいおい)。ロックのパンクは評価を得られているじゃないかという向きもあろうと思うが、当時と今ではメディアの伝播速度がまるで違うぞ。18世紀に生まれていたら、Sex Pistolsと言えども存命中に高い評価を得られていた保証はない。しかし別の人に言わすと、バッハはまったく新しいことを何一つやってないが、音楽のほとんどの分野で今まで誰も想像したことのなかった完成度の高い曲を作ったという。これも別の意味でバッハはパンクスであったことの証明となろう。パンクスというと語弊があるかもしれない。いわゆるニューウエイヴというところか●パンクの意味は瞬間的に燃え上がったなかば視覚的ムーヴメントの中にあるのではない。その後に輩出されたロックミュージックの拡張の中にこそあるのだ。体制反対を口にしていたはずなのにいつの間にか商業的に巨大となり、結果的にある種の体制を形成してしまったそれ以前のロックを破壊して、表現者個人の肉声と問題意識を作品にしていった新しいロック。それはその後ポピュラーミュージックとして大衆化し、あえて特定のジャンルを指すこともなくなってしまった。現代大衆音楽の歴史をひもとくたびに、パンクが転回点になっていることが強く認識されるのだ●バッハでもパンクスでもいい、そんなものの一種にわたしはなりたいなあと思ってきた。もちろんそれはあまりにも野望が過ぎるぞということも30半ばの今ではわかっているし、まあ単純に考えてもまるっきり無理な話で、だからもっと規模を縮小してこぢんまりとしたパンクスとなること、それが近年のわたしの目標であった(笑)。およそ歴史の転回点を作ることはできなくとも、せめて何かのジャンルの歴史にひっかき傷ぐらいは負わせたいものだ●今度のコラボレーション、これはひょっとして日本の写真表現(何とも狭いなあ)の歴史にトゲぐらいは刺せるかもしれない。できれば擦過傷ぐらいは負わせたいものだ。それができるメンバーの中にわたしはいる、と思っている。


