年明け早々、仙台に出張って展示をしてきた。といっても自分はほとんど何もせずにただ見てただけであり、「展示をしてもらいに行ってきた」というのが正しい。なんつったって日通美術品輸送部隊のプロな人たち(ふだんは国宝やら泰西名画やらを取り扱ってらっしゃる方たちです)が完璧にやってくれるのであるから、プロにお渡しした図面さえ間違っていない限りは自分で展示作業するいつもの個展なんかよりよほど精巧な展示が出来上がるのである。そしてそれはもう見事な水平っぷり垂直っぷりであった。美術館の床よりももっと水平、壁よりももっと垂直に貼ってもらっちゃった。つまり今現在、宮城県美術館の建物の方が自分の展示より水平垂直の点においてアバウトである、という数学的三次元空間マンセーな状態になっているんだなあ。何でも自分でやればいいってもんではなくて、時にはその道のプロに任せるというのが肝要、ということは過去数回にわたる自宅の引越において痛いほど感じ入っている。
よく言ったり聞いたりすることなのだが、空間によって物の大きさは変わるのである。狭い大学の研究室で腰を痛めそうになりながら全身運動で扱っていたB0判プリントなんかは、ここに持ってくるとB3判ぐらいにしか見えなくなって片手でひょいっと扱えそうに見える。24インチ(610ミリ)のロール紙なんかも、A3幅のロール紙にしか見えなくて、これでいいのかとちょっと弱気になる。もういちど書いておこう。空間は物の大きさを変える。ついでに人の大きさも変える。ほれ、大物を生み出したければ高い天井、などと言うではないですか。いつも低い天井の部屋で暮らしているわたしなどは、たぶん相当やられてしまっている。
考えてみるとこのスケール感の崩壊って自分のテーマの核心部分を形作っている要素のひとつだわ。水門にしても、あんなに大きく凶悪な(そして談合疑惑な)鉄の塊が中空に吊り下げられているのにみんな平気な顔して見過ごしている、ということが自分には見過ごせないのだ。でも見過ごしはならんけれどそれ以上どうしようもないから、とにかく写真に撮ってみるだけなのだ。もっと絵心があれば絵に描いてしまうかもしれないし、工作心旺盛なればブロンズ水門なども拵えたかもしれん。水門組み立てキットなんかも作り出したかもしれん。しかし、しかし、それではやはりダメなんだ。なぜなら絵も彫刻もプラモデルも大きさが固定されてしまう、からなのである。写真や映像は大きさが自由になる。縮小してアイコンみたいな大きさにすることもできるし、大光量プロジェクタでビルの壁面に投影することだってその気になりさえすれば可能だ。そのフレキシビリティの中で対象を捕らまえなければいかん。だからこれはやはりどうにも写真にするしかない、とひとり納得。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。

コメント
3/18に、ギャラリートークへ行くプランを立て始めました。
宮城出身のS田さんにツアーをお願いしてます。
メンツは今のところM木さんとT橋さんです。
毎度ありがとうございます。4名様ご案内。