あのルターが宗教改革をおっ始めた街が、ベルリンから列車で南に1時間ちょっとのところにあって、そこにクラナッハの描いた祭壇画があるというので見に行った。それは何とも小さな田舎町であった。この程度の規模の街に居ながら世界史に名を残すことなるのだから、ルターの威力は凄いもんである。テレビもネットもなくても情報はちゃんと伝わったわけだ。おそらくルターってのは想像を絶するような過激派だったに違いない。
クラナッハの祭壇画はそれほど感動するものでもなく、何となく締まりのない絵だなあという印象を持った。宗教改革直後に祭壇画なんか描かされる身にもなってくれよ、という声が聞こえそうなほど盛り上がりに欠ける絵である。きっと何を描いたらウケるのか、クラナッハ自身もよくわからなかったのではないか。免罪符とかやめてストレートに宗教やろうよ、というノリは、腐敗した商業ロックに否を突きつけストレートなロックを目指したパンクやニューウェーブの精神に通ずるものがある。しかしそのレコードジャケットとも言うべき祭壇画で、今ひとつ時代精神を爆発させられなかったクラナッハはぬかった。そのへんがクラナッハの限界だな。
巨大な板絵を見ながら全く別のことを考えていた。大きな平面が空中に据えられているという事態そのものが、なにかちょっとした、しかしとんでもない状態なんじゃないか。これはこうやって駄文をこね繰り回してもおそらく全然伝わらない感覚だと思うとくやしい。空中にでかい板が浮いているのって、かなり「キて」ると思うのだ。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。
