常に変化の中にあるということ

全然連休にならない日曜日、かねてから目論んでいた、Mac OS Xへの環境移行に取り組んでいる。やらなきゃやらなきゃと思って2年が過ぎてしまった。「こんなもん使えねえ!」と言ってりゃ済んだ時期はもうとっくに過ぎてしまい、OS9にしがみついているのが今や年寄りみたくなってきたということもある。しかし最大の原因は新入生に「学校では9なのに家ではXなんですぅ(困りますぅ)」と言われたことにある。こりゃあまずい。ちょっとさぼりすぎた。遅れを取り戻そう。すぐに、だ●家のはver.10.1だが大学で個人的に使ってるのは10.2で、10.2は意外や完成度が高くなっていた。ターミナルがあるのを見つけてシェルで使ってみて驚いた。これはまんまBSD!である。思えば最初の接触が不幸だった。OSXサーバ。うわ、これってNeXTの亡霊じゃーん、と思った。NeXTってファイル構造がなじめなかった。ディレクトリ名がやたら長いのよ。もう忘れたけどたとえばdocと略すところがdocumentsとなっているような。要するにUNIXの一種なんだけど、自分の持っている(BSD系の)地図が使えない街に迷い込んだような違和感があった。その印象が強すぎて、どうせOS XもNeXTっぽい構造になっているものと勝手に思い込んでいた。しかし実際は違って、自分の地図がちゃんと使えた。構造やコマンドがBSDそのもの、だった。こうなればしめたものである。BSDとMacが合体してしまったわけだから、両方で飯を食わせていただいたわたしにとっては二つの祖国が合併したようなもんである。ちょっと信じられない。透けるターミナルでコマンドたたきながらこれ打ってるんだからね●なるべくClassic環境に戻らないで済むようにCarbonアプリを一つずつ、インストールするのはなかなか時間がかかる。しかしこの手間を惜しんではならないのだろう。環境は変化するものである。不変を指向してはならない。なぜならわれわれの肉体が不変ではないからだ。われわれの存在は不変ではないからだ。変化こそが存在の本質である。時間軸上の変化を持たないものは、時間軸上の存在であるわれわれにとって意味を成さないのだ。

Vintage article seriesは、1997年から2004年まで、わたしの作品サイト上にあったログ的なコンテンツを、本ブログ『Das Otterhaus』に復刻的に再掲した記事群です。ブログなどCMSが普及する前の時代に手書きHTMLで日々追記されていた記事は、展覧会などのお知らせ、雑感、制作上の試行錯誤の記録などが混在しています。その多くは字数も少なく画像のサイズも小さく、今の基準からするとコンテンツとしての価値はありません。しかしこの年代にこのような記述があったという事実は残すべきであると判断し、ブログの基層としてのデータの蓄積を維持しています。[2026年5月]
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