意図とブレの反比例

森の中を歩きながら考えた。
視座が静止していることが理性的、客観的な画像を形成する、という思い込みもまた、相対化されなければいけない。ブレのない画像をよしとする価値観は、ひとつの制度の中で要請されているスタイルにすぎない。ブレのない画像を作りだすために込められた意図の総量は、脊髄反射的に得られたブレ画像におけるそれよりはるかに多い。主観的、意図的な写真とはいったいどっちを指しているのか、もういちど考えてみる必要がある。「AIR」は16回目。

Vintage article seriesは、1997年から2004年まで、わたしの作品サイト上にあったログ的なコンテンツを、本ブログ『Das Otterhaus』に復刻的に再掲した記事群です。ブログなどCMSが普及する前の時代に手書きHTMLで日々追記されていた記事は、展覧会などのお知らせ、雑感、制作上の試行錯誤の記録などが混在しています。その多くは字数も少なく画像のサイズも小さく、今の基準からするとコンテンツとしての価値はありません。しかしこの年代にこのような記述があったという事実は残すべきであると判断し、ブログの基層としてのデータの蓄積を維持しています。[2026年5月]
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