3次元空間の中にいるという幻想

中途をはしょった強引なロジックの展開ではあるのだが、とにもかくにも人間は光と空気から空間を知覚しているということ。さらにはデカルト由来のマトリクス的な空間概念が現れたのも、結局は光と空気があったため、と言い切ってしまおう。Gibsonの生態学的視覚論の読解としてジャストミートはしていないものの、かなり近い線をかすっているのではないかと確信している。はじめに3次元空間マトリクスなんかがあったのでは断じてなく、空間概念はあくまで便宜的な仮の装置、知覚の解釈のための単なるツールにすぎないということだ。もっと言うと、われわれは「空間の中にいるという幻想」の下に生きているということだ。そして写真というシステムは、空間の幻想性を実証する仕事を負ってもよいのだ。3次元空間マトリクス的空間概念をいっそう強化するかのような、傲慢なそぶりのドイツ系の現代写真は、もういらない。現代が近代の末席であるのであればそれでもいい。でもそれは時代に即した本来的な意味の現代(ゲーゲンヴァルト)ではないだろう。さようなら3次元空間マトリクス。

Vintage article seriesは、1997年から2004年まで、わたしの作品サイト上にあったログ的なコンテンツを、本ブログ『Das Otterhaus』に復刻的に再掲した記事群です。ブログなどCMSが普及する前の時代に手書きHTMLで日々追記されていた記事は、展覧会などのお知らせ、雑感、制作上の試行錯誤の記録などが混在しています。その多くは字数も少なく画像のサイズも小さく、今の基準からするとコンテンツとしての価値はありません。しかしこの年代にこのような記述があったという事実は残すべきであると判断し、ブログの基層としてのデータの蓄積を維持しています。[2026年5月]
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