WorksのAir5に、「Air : Exposure」なる枝番のシリーズを追加収録しました。2004年の末にかけて行われたグループ展向けに制作されたデータを再編集したものです。露出をプラス側に2EVほどシフトすれば、明るい部分はすっとんでシャドウ部が適正露出になることぐらい、誰でもわかることです。そんな撮り方をした作品も別に珍しいものではありません。この撮り方は対象を選びます。何を撮っても成立するわけじゃない。しかしぴったりハマった時は、全く不自然さはなくなります。これもひとつの写真的現実、というやつなんですね。それは、まあいい。問題はなぜこのようなイメージが、クールで現代的に見えるのか。この種のイメージの特徴として言えるのは、陰影の忌避であり、色の忌避でしょう。あるいは情報量の忌避、力強さの忌避かもしれない。実感の忌避という見方もできる。いずれにせよ、何かからの逃避というベクトルは共通している。対象に迫らず、存在に対峙せず、引いた位置から傍観者たろうとする態度。しかしどこかで意味が発生してくれるのを期待しているような、小ずるさがある。つまりリアルな過剰さや正面対峙を避けて、傍観者を装いつつも意味の発生を期待する、という態度がクールで現代的に見えるのが、「今」のわれわれが立っている地点なのだ、ということ。そのような問題のある作品を、自分で再び公開しつつ同時に否定しているわけで、何ともバカみたいな話なんだけど、どうしてもこれは恥を承知で晒しておかねばならないと考えています。この先には何もない、と告げるネガティブな道しるべとして。空気が白く凍ってしまった状態は、ちゃんと提示しておかなければならないと考えるのです。
小賢しいヒネリのない、バカみたいにストレートな明晰さ。そういう状態にあこがれます。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。
