『ドラキュラの遺言』

フリードリヒ・キットラーの評論集。原克ほか訳。産業図書、1998年(原著は1993年)。
邦訳のサブタイトルは「ソフトウェアなど存在しない」になっているが、原著は「Technische Schriften」つまりテクニカル・ライティング。要するにこの本はデジタル時代のエクリチュールに関する評論集で、いろんなテーマについて書かれているが、キットラーの問題意識はすべてここに集中しているのだ、と訳者あとがきにはある。わたしなんかもうぜんぜん表面的にしか読んでないから、初期のピンク・フロイドにおいてシド・バレットがミキサーをもうひとつの楽器のように使ってむちゃくちゃな空間定位を作り上げた話が、いきなり第二次大戦中の潜水艦の位置測定の話と接続されたりするようなキットラー節に酔ってしまうだけ。いつも戦争がテクノロジーをドライブし、その伸び切ったテクノロジーの上に、戦後は表象が乗っかる。

「音響の魔術を完璧なものとするためには、もう一つ別の世界大戦が起こりさえすればよかった。第二次世界大戦のイノベーション推進力のおかげで、ドイツのエンジニアたちは録音テープを用いる機械を、英国のエンジニアたちはハイファイ・レコードを発明したが、後者によって、ドイツと英国の潜水艦のエンジンから生じる音色の違いは、どんなに微妙なものでも聴き取ることが可能になった (p.186)」

この潜水艦の位置測定技術は、英国のエレクトリカル・アンド・メカニカル・インダストリー社によって平和利用として引き継がれ、1957年には最初のステレオレコードが登場する。そしてこの会社(そう、EMIね!)はその後、ピンク・フロイドも契約する巨大な音楽資本になっていく。このような接続のダイナミズムというか意味深(イミシン)さこそがキットラーの魅力なんだろう。

あ、肝心の、なぜソフトウェアなんか存在しないのかという問題はまったく読み取れていない。それじゃあこの本を読んだことにならんなあ。。。

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