横浜美術館。昨日見に行った。
デュシャンはとにかくいろんな人たちが参照したりパロったりオマージュを捧げてたりするわけだが、わたしはいままでその作品を知らなすぎたので、これは必見でした。いわゆる『大ガラス』とは一体、何なのか。そのタイトルである『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』の最後の部分の「、さえも」とは一体、何なのか。「(笑)」みたいなものか(笑)。ま、とにかくその他いろいろ長年ひっかかっていたデュシャンに関する疑問をやっつけに行った。
レディメイドと称して作品の作家が手で作ったことによる価値を否定し、現代美術の幕を開けた、というのは定説どおりなわけだが、「ブツ」で勝負している限りはどこかで物としての価値化の波をかぶってしまう。出現した当時は確かにそれ自体は無価値な文字通りのレディメイドであったものが、時代を経ることによって、そして作家が死んでしまえばなおのこと、聖遺物としてその作品は物として価値化される。作家の行為が歴史上にマッピングされてしまうことによって発生したある質のようなものが、ヨリシロを求めて作家にまつわる物質を、片っ端から価値化していく。「現代美術の古典」に接するたびに、いつも感じる可笑しさ。その源泉はまさにここにあったのだな。もっともそれはデュシャンのせいではない。彼はただ、やりたいことを死ぬまでこつこつとやってただけなのだ。20年かけてこっそりと作り上げられた遺作を見ると、それがわかる。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。
