1月10日読了。言うまでもなく、ベルクソンの主著とされる恐ろしく難解な本である。数年前に買ってページを開いたものの、あっという間に挫折。そのまま本棚のコヤシになってたものだ。正月休みの自主宿題として、今回はマジで準備を整えてから(笑)とりかかった。ベルクソンの入門本(たしかちょうど1年前に旅先で買った金森修さんの、NHK出版から出てる薄い緑のやつ。この本によると、物質と記憶からいきなり読むなんてのは、自殺行為に等しい所業らしい)で当たりをつけておいて、さらに『時間と自由』を事前に岩波文庫で読んでおいた。これで何とか、ようやく突破である。ぜえぜえ。
しかしまあベルクソンという人は何ともぶっ飛んだことを言ったもんだ。この本の中で最もぶっ飛んでるのは「記憶は脳の中にはない」というところだろうか。じゃあいったいどこにあるんだよ、とも言いたくなるのだが、とにかくメモリというかハードディスクみたいに記憶がどこかに記録されている、なんてアナロジカルなイメージで記憶をとらえているうちは納得できないのだろう。さらに面白い点は、知覚は記憶の蓄積の上に乗っかって成立するというところ。知覚の残存が記憶を形成するんじゃなくて、その全く逆。こっちはわたしのような素人でもまあ何となく納得できる。
しかしベルクソンという人はその昔、高校の時に倫理社会の先生が『笑い』の話をしてくれたときから気にはなってたんだけど、実はとーんでもない哲学者だったのですね。空間化されない時間というものがあることに気づいてしまったところから、ドイツ観念論もイギリス経験論もそうじゃねえだろ~!残念!と言わんばかりにけっ飛ばしてしまうところまで盛り上がってしまうわけだ。いやあほんとビッグスターだよなベルクソン。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。

コメント
ベルクソンの記憶理論と現代の大脳生理学の記憶理論の対立についての覚書
ベルクソンは、記憶は脳に保存されているのではないという。それどころか、彼は、記憶がどこかある場所に保存されているという思考を否定してしまう。
彼によればこの世に実在するものは、すべて流れという形態にある。
それは、生成流転という言葉であらわすことが出来
読売新聞で取り上げられました
本日、読売新聞文化欄「記者が選ぶ」で、拙訳『キリスト教は邪教です! 現代語訳「アンチクリスト」』(講談社+α新書)が32行にわたり取り上げられました。
「イエスとは何か。原点を考えさせる時宜を得た出版だ。」(飼)
他にも新聞・雑誌の取材を受けています