無限に流れる情報の知覚の流れ

「情報」という言葉をむやみに多用するのはあまり好きではないのけど、どうも情報という概念がないと視知覚のふるまいをうまく納得することができない。写真のような静止画像というのは、無限に流れる情報の知覚の流れを恣意的にすくい取ったものに過ぎない。その中にデカルト的三次元空間を再構築するのは、絵画に由来するかなり限定された静止画像の利用行為になるのだという。たとえばブレたりボケたりすることを撮影者の主観の現れと見るようなモダニズム美学は、もはや賞味期限が切れちゃってるってこと。いつまでもひからびた美学ばかり食べてると、今にお腹こわすよ。Air #067 をアップロード。

Vintage article seriesは、1997年から2004年まで、わたしの作品サイト上にあったログ的なコンテンツを、本ブログ『Das Otterhaus』に復刻的に再掲した記事群です。ブログなどCMSが普及する前の時代に手書きHTMLで日々追記されていた記事は、展覧会などのお知らせ、雑感、制作上の試行錯誤の記録などが混在しています。その多くは字数も少なく画像のサイズも小さく、今の基準からするとコンテンツとしての価値はありません。しかしこの年代にこのような記述があったという事実は残すべきであると判断し、ブログの基層としてのデータの蓄積を維持しています。[2026年5月]
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