Vintage article series: Humdrum 19971020 – 19991231

●FreeBSDサーバのバックアップ用のデバイスが無いのをずっと気にしていたのだが、昨日1.3GBのMOドライブを奮発してしまった。しかし1.3GBのディスクはまだまだ高いので、安売りの640MBをいっぱい買い込んできた。このあたりに自分の行動特性がちゃんと表れている。しかし考えてみると今まで使っていた128MBのMO、これだって買った当時はディスクが5000円ぐらいしたような気がする。それを考えれば今、1.3GBディスクを使うべきなのだが●バックアップ、について思うこと。バックアップって何のためにするのだろう。ディスクが壊れた場合に備える、間違ってファイルを消した場合に備える、まあそれはよい。ではなぜ、そうしてファイルが失われることが「いけない」ことなのか、と考えるとわからなくなる。第一にデータが消える、ということはいったい、どういうことなのか●物が消える、というのは燃焼する、化学変化する、有機的に侵食される、などなど、直感覚で把握できる。しかしデータが消えるというのは、直感覚ではわからない。多くの場合、磁気の微小な変化であるはずなのだが、そんなものは目で見えない。目で見えないものは、やはりわからない●話しを戻す。データが失われて「いけない」のは、データというのが人間の労力の産物、もっと詩的に言い換えれば時間の結晶であるからだろう。そう言い換えたところでいずれ経済的な理由なのだ。では経済に所以しないデータは消えても「いけなくない」ということになる。そう考えると面白くなってきた。偶然にいい加減に撮ったデジタルカメラの画像データ、これなんかは消えてしまっても痛くも何ともないデータの典型だ。実はそのあたりに何か次へのヒントがあるのではないかと思っている。しかし完全に消してしまってはアクションが無かったのと同じになってしまう●写真画像を作りだす、のでなく、写真画像を作りだす場(あるいは構造)を作り出す。されに不完全に、少しずつ消えていく(=アクセスしにくくなっていく)ような場を作る。それが今の課題だ。Daysプロジェクト [Broken Link : http://jsato.org/days/] の構造をその線で作り替えたのでぜひ見てほしい。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。
