Vintage article series: Humdrum 19971020 – 19991231

たまには機材のことなど考えてみようと思う。写真は機材がないと成立しない。しかし機材にこだわることは必ずしも作品が成立する条件ではない。佐藤は機材に淡泊だ、と思われているフシがあるが、それは単にお金がないことと、弘法筆を選ばずを決め込んでいるためであって、そりゃあわたしだって正直言っていいカメラ、レンズは欲しい(でも買えない)。それはそうと、最近はデジタルカメラ(Kodak DC210)とご覧のような自作4×5ピンホールカメラをバッグに入れて撮影に出かけることがほとんどだ。以前のプロジェクトでは自作8×10ピンホールカメラとジッツォのくそ重い三脚を担いで河原や海岸を歩いていたものだ(車は、ないっ!)。ある人に「まるで行者のようだ」と言われていい気になってたが、腰を痛めて以来、何となくこのスタイルは気が乗らなくなってしまった。代わりに今使っている4×5は三脚を使わないで地べたで撮れるように固定アオリ(要はピンホールがセンターからオフセットして付いているだけ)になっている。レンズキャップが三連になっていて結構ものものしいが、仕組みはぜーんぜん大したものではない。単純だからほとんど絶対に壊れない。フィルムホルダは重いので持ち歩かず、ポラバックつけっぱなしにしてクイックロードのフィルムのみ使っている。これだけがささやかな贅沢である。何でこんなことくだくだ書いているかというと、どうも人間には二通りの生き方があるようで、自分の意図通り環境を変革していくタイプと、自分の意図が環境によって定義されていくタイプだが、わたしはもう完全に後者であるということだ。一般にこの違いは、積極的であるか消極的であるかという二元論で片づけられてしまうことが多い。そんなわけで以前は何となく自分の方法が消極的なのではないだろうかと考え込んでしまうことがあったが、最近はいや、これは柔軟構造をしているのだよと笑っていられるようになった。今あるものでその場でなんとかする、という方法論は経済発展が止まったこれからが本番だろうと思う(笑)。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。
