対立はそこにはない

『デジタル写真』対『銀塩写真』

・・・という対立の枠組みは、実はないのだ、と言ってよいのではないか。あるいはすでに終ってしまった対立構造だ。では現在、われわれが直面している真の対立フレームとは一体、なになのか。

『ウェブ写真』対『ギャラリー展示/出版 写真』

・・・というのはどうだろうか。ギャラリー、あるいは写真集ベースの作家活動は、世に出るためになにか突飛なアイデアや、既存の価値観のあからさまな反転といった、ある種の突出が必須である。それがない限り、彼/彼女を世に出すための評論家、編集者、ギャラリスト、キュレーターといった人たちの目に作品が止まることがないからだ。まあそれは悪いことではないように思える。それが今まで表現を発達させてきたことだろう。

しかし、この制度の下では、表現は「制度下の差異」を追及するあまり、次第に枝分かれし、近親交配を繰り返し、しまいには奇形化することになるように思われる。あるいは写真表現の根幹を離れて、トリッキーでトリビアルな方法論だけが独り歩きを始めることになる。まあそれは仕方のないことだ。制度疲労のようなものかもしれない。

いまだ制度化してないウェブ写真は、この疲労状態を免れているのだ。もちろんこの先どうなるかはわからない。どうなればいいのかも、よくわからない。しかしとにかくまだ今は、開拓地で直球を投げ合っているような気分がする。

アイデアだけに頼った脆弱な写真作品でなく、息の長い、骨太な作品を作り出す作家は、今後はウェブから世に出て行くことになる。これはほぼ間違いないのではないか。

(ゼミweb展のラスト30分を眺めながら)

Vintage article seriesは、1997年から2004年まで、わたしの作品サイト上にあったログ的なコンテンツを、本ブログ『Das Otterhaus』に復刻的に再掲した記事群です。ブログなどCMSが普及する前の時代に手書きHTMLで日々追記されていた記事は、展覧会などのお知らせ、雑感、制作上の試行錯誤の記録などが混在しています。その多くは字数も少なく画像のサイズも小さく、今の基準からするとコンテンツとしての価値はありません。しかしこの年代にこのような記述があったという事実は残すべきであると判断し、ブログの基層としてのデータの蓄積を維持しています。[2026年5月]
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