夏休みの真ん中ぐらいに、某大学(しかも旧帝大)の院生の人が訪ねてきた。医学部の大学院まで行ってるのに美術系への転向を考えているという何とももったいないような話で、でもいろいろ話をしているとやはりもとからそういう指向性もあるらしく何となく納得してしまったりで、まあとにかくやれるだけやってみたらどうでしょうまだ若いわけだし、また相談に乗るよ、みたいなあたりさわりのないところに着地したんだけど、そのあとどうしてるかなあ。そういうどちらかというとむちゃくちゃな車線変更を伴う人生相談は基本的に好きなので、面倒見はよくないけど相談は気軽にお引き受けしてしまうような気がする。それでそうやって何人もの人生を狂わせているんじゃないか。おれ、ひょっとして地獄行きか、とかぼんやり考えている。
地獄行きの件についてはひとまずどこかに置いておくとして、その人(○畑さん)はたまたま関西資本の某大手書店でバイトをしているという話なのだった。つまりここからが本題なんだけど、○畑さんはその店ではもう長いらしく、バイトなんだけど売り場とかまかされちゃって、ポップなんかもガンガン描いたりしているらしい。たまにいますよね、そういう人。社員より仕事のできるバイトさん。そこで特に深い意味なしに、ねえねえ、どういう本が売れるの?と聞いてみたところ、
テレビに出る本が売れます。
という答えがよどみなく返ってきた。ふーん、そういうものなんだ。それってつまり多くの日本国民は自分の選択眼を持たずにテレビの言いなりなのであってとってもけしからん、みたいな普通なエラそうな感想をその時は漏らさせていただいたのだけど、なんだか今ごろになって○畑さんの答えの重みが増してきたような気がする。
テレビでやってるものには価値がある。つまり売れる。
という構造は、たしかに、厳然として存在する。そんなの『1984』と変わんないじゃん、ビッグブラザー反対、とか言ったところではじまらない。現代日本のみんなは、自分は自由意志でテレビを見ていると思っているので、そこで培われた価値観は自由意志の延長線上にあるように思ってしまうのだ。テレビをそんなに見ないわたしだって五十歩百歩、目くそ鼻くそである。様々なメディアに取り囲まれて、その中で価値観を紡いでいる以上は、テレビに登場した本だけを買う人たちを笑うことなどできない。なんか困った時空の中に放り込まれているなあ(本当のビッグブラザーはいないけど、ちっちゃいビッグブラザーがいっぱいいる状態)といまさらながらに感じ入ってしまったけど、どうにもならんのであって、あとはテレビの所業を肯定的に感ずるように頭の中を構造改革するしかないだろう。ひょっとすると長いものには巻かれてみたりするのも一興、なのかもしれない。だから、本日よりこう思うようにした。
テレビでやってるものは(すでに毒味をしてあるので)食べられる。つまり買ってもOK。
なんでもキノコだと思ってしまえば腹も立たない。さてさてうれしいことに○畑さんは『恋する水門』の販促に励んでくれるそうなので、関西方面の売り上げはきっと良好だろうと思う。でもここに来て関東方面はちょっと息切れしてきたような気がする。musabi.comの手羽さんご推薦、ご近所で評判の立川のオリオン書房で、恋水はなんと先週、芸術系ベスト20位に入っていたらしいんだけど、
オリオン書房 最新のベストセラー(のgoogleキャッシュ)
最新版ではランク外に落ちました(笑)。みんな飽きてきたのかな。ここからも売れ続けていくためには、もうテレビに出してもらうしかないのか。秋の夕暮れは人を弱気にさせるのでよくない。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。
