現在、写真表現を教えるに当たって、教科書というものを設定する必要があるとすれば、どのような本が使われているのであろうか。写真技術でも、写真の歴史でもなく、写真の表現についての教科書である。
「・・・写真の表現性は自己の表現を犠牲にし、個性を疎外し、それにかわるなにものかをとらえることによって独自性をかちえたのである。その「なにものか」とは、人間がカメラという機械を駆使することによってのみとらえることが可能となったヴィジョンだと、ひとまずいっておこう。そのヴィジョンは個性的色彩に染まらないところの、普遍的なリアリティをともなったものと、いまかりにいっておこう。」重森弘淹/写真芸術論/1967
こんなあたりまえのフレーズを引用することもないように思われるかもしれないが、わたしはこの本のこの箇所が好きなのである(抜き書きして壁に貼ってあるほどだ)。このもう40年も前に書かれた言葉の味わい深いことよ。ほとんど冒頭ともいうべき21ページ目に書かれているためか、まず結論から、それも仮に言っておく、というような書き方をしている。そのあたりに何というか、重森弘淹という人の奥ゆかしさと言うか、正確さというか、気の使い方の美しさのようなものがにじみ出ているようで、何とも好ましくも思ってきた。
『写真芸術論』に書かれた内容は、今そのまま教科書に使うわけにはいかないものだが、その根幹部分は全く古びていないことに今さらながら驚かされる。重森弘淹が凄い人だったことは言うまでもないが、写真表現の考え方は少なくともこの40年のあいだ、全く進化してないといういうことに気がつくのであった。

佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。
