何となく買ったまま、ちゃんと読まずに本棚の奥の方に入っていた雑誌『東京人』の1999年9月号は、東京の廃線跡特集みたいな号だった。その中に、隅田川貨物駅のはずれにある水門のことが書かれていることは、うっすらと記憶していた。しかし、現地を確認に行かないまま、気がつけばもうそろそろ10年である。この水門は今、どうなっているのだろうか。

かつて隅田川貨物駅(JR南千住駅に隣接)は、文字通り隅田川と水路でつながっていた。常磐炭坑で採掘された石炭が常磐線経由でここに到着し、艀に積み替えられて下流の工場群に供給されていたのだという。しかし1960年代でその機能は失われており、その後、駅と連絡する運河も埋め立てられていた。しかし1999年の時点で、まだ水門だけは残されていたことが、『東京人』の記事からはうかがえる。今考えれば、この記事を見てすぐに行ってればこの水門を見ることができたわけで、なんともくやしい。
この水門は、『汐入水門』という。
汐入地区のこのあたりは今、どうなっているのか。簡単な話で、それはリバーハープコート南千住に化けちゃったのである。その隣の親水公園に、何だか不思議なものがあって、どうもそれが汐入水門の足っぽい。
もちろん、さすがのわたしでもこれだけを見て即座に水門の足だ、などと思えるわけはない。古い地図と突き合わせてみたら位置的にそうとしか思えないという、自信を持ってお伝えできる、根拠のある話である。んもうそこまでわかってるんだったら、ぐだぐだ言ってないでさっさと現地に行って見てこいよという感じだ。

何ともすっとぼけた雰囲気である。まさかとは思ったがほんとに足だけ残してあるとはなあ。リバーハープコートからやってきたご家族連れには、水門の足なんてまったくアピールしない。怪しげなコンクリのかたまりにしか見えんだろう。いちおう説明書きはある。

でもこの説明書きが台風で吹っ飛んだりすれば、もうこのコンクリのかたまりの由緒も何もわからなくなりそうだ。もしそうなっても、お願いだからバーベキューの調理台などには転用しないでほしい。

何も残らないよりは全然いいけど、できれば門型に、せめて柱だけでも上まで残せなかったものか。惜しい。そうできればモニュメントとしての、記号性の強度がまるで違うのに。

文句ばかり言ってるわけじゃない。いいところも見つけたよ。この階段の跡。断面露出というか、原爆タイプのトマソンみたいな風情だが、汐入水門の特徴のひとつであった基部の階段(管理橋の高さを稼ぐためのもののようだ)の痕跡を残そうという意図(というか、ささやかな抵抗か?)がうかがえる。何らかの理由で、階段をまるごと残すことはできなかったのだろう。削り取った跡が痛々しい。
汐入水門の近所には、かつてのカミソリ堤防が数メートルだけ、残してある。まるでプチベルリンの壁。


佐藤淳一【カワウソ写真家】 [著者情報] 実はカワウソに限らない写真家。平成19年度宮城県芸術選奨受賞。主な著書に『恋する水門』(2007年/BNN新社)、『ドボク・サミット』(共著/2009年/武蔵野美術大学出版局)、『カワウソ』(2010年/東京書籍)他がある。展覧会は『ニーダーフィノウの鉄の骨』(2006年/Gallery Maki)、『アートみやぎ2007』(2007年/宮城県美術館)、『カワウソおもろいねん!』(2013年/海遊館)、『大都会の野生カワウソ』(2018年/埼玉こども動物自然公園)他、1995年より多数開催。雑誌『ワンダーJAPAN』、『土木技術』、スポーツ紙『東京スポーツ』で写真と文を連載。『タモリ倶楽部』(2008年/テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(2012年/テレビ東京)等に出演。「生きることは、見ること」が信条。芸術と研究を足してサブカルで割った「リサーチ・エンタテインメントとしての写真」を専門とし、土木構造物と野生動物という、かけ離れたふたつの領域で仕事してきました。

コメント
むしろ、ここまで撤去した時点で事故続出、謎の伝染病蔓延、などにより工事中断、モニュメントとして残す事となった。という妄想物語が頭をよぎりました。