独立系blogという流儀

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2021.09.15 Aburatsubo

blogという形式(CMS : Contents Management System)で写真とテクストを公開するようになってもう20年以上になります。それ以前はというと手打ちでHTMLを書くような時代で、それで個人webサイトを公開してました。手間はかかったけど、好き勝手に書ける楽しみがありました。その手法にすっかり慣れてしまっていたので、blogに移行してすぐの頃は違和感が大きかった。ページレイアウトの自由度の少なさと、データ管理が間接的であることに、なかなか馴染めなかったのです。

そして2000年代も終わりぐらいの頃。まだSNSもそれほど普及していなかった時代には、個人間の情報交換や交流は主にblog上で行われていました。あの頃のblogは、コメントやトラックバックという相互リアクションの糸を飛ばし合うことで成立する、素朴なリアルタイム性のある空間でした。

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2021.09.15 Aburatsubo

2026年の現在、blogは、かなり、静かです。反応の即時性を求める営みはおおむねSNSに移行してしまいました。さらにGoogle検索にAI Overviewが導入されて以降、blogはぐっとお客さんが少なくなってしまった。AIのまとめてくれた情報で満足すれば、わざわざ検索サイト上のリンク先まで訪ねてまで読んでくれる人は、ほとんどいなくなる。利便性を考えればそっちの方がいいことは間違いない。

写真やテクストを流してくれていた多くの個人blogも、更新が止まり、いつの間にか消えていました。この流れは決して逆転することはない。当時のような個人blogの賑わいなど、もう戻ることはないのだ。

そんな趨勢に飲みこまれつつも、わたしはblogを捨ててしまおうとは思ってません

その理由は「データ蓄積願望」にあるようです。わたしは、一度公開したデータは、自分が最適と思う状態で公開し続けたいんです。これは何か実用的な理由によるものではなく、意地などでもなく、むしろ強迫観念みたいなものなんじゃないか。

そんな理不尽な理由によるものだから、公開データは自分で管理する必要があるのです。SNS等(noteも含む。それとblogホスティングサービスも含む)に委ねると、営利企業であるサービス提供者側の論理でわたしのシンプルな願望が歪められてしまいます(勝手に醜い広告を入れられる、突然の仕様変更、サービス自体が廃止される、などなど)。となると、さすがにサーバは借りるとしても、自分でCMSの面倒を見ながら記事を書き続ける…という現在の運用形態は、ほとんど必然的なものとなります。要するに自力で掘立小屋を建てて暮らす、みたいなことをやってるわけだけど、できる限りこれは続けて行きたい。

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2021.09.15 Aburatsubo

でも、いつまで続けられるのかな。

【2026.06.05】執筆
【2026.07.10】「わたしのWebサイトヒストリー」から分離・加筆修正

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