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	『意識と本質』読み返し へのコメント	</title>
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	<description>【カワウソ舎】来し方二十有余年、あと何回カワウソ撮れるかな</description>
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		<title>
		jsato@otterhaus より		</title>
		<link>https://kohan-studio.com/otterhaus/archives/50827649.html#comment-26</link>

		<dc:creator><![CDATA[jsato@otterhaus]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 05 Oct 2011 04:14:03 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[＞ちさん
カワウソばっかりで謎なブログですが、ようこそ。コメントありがとうございました。
わたしの方は最近、やっと『読むと書く』を読みまして、メインの著作の方とはまた違った井筒像に接して新鮮な気持ちがしています。こうなったら全部（少なくとも日本語の著作は）読まなきゃという気になってきました！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>＞ちさん<br />
カワウソばっかりで謎なブログですが、ようこそ。コメントありがとうございました。<br />
わたしの方は最近、やっと『読むと書く』を読みまして、メインの著作の方とはまた違った井筒像に接して新鮮な気持ちがしています。こうなったら全部（少なくとも日本語の著作は）読まなきゃという気になってきました！</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
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		<title>
		ち より		</title>
		<link>https://kohan-studio.com/otterhaus/archives/50827649.html#comment-25</link>

		<dc:creator><![CDATA[ち]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 04 Oct 2011 08:31:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[こんにちは。はじめまして。
取りすがりのものですが
私も井筒氏に魅かれております。
･･･でも、知ったのが遅く･･･ここ数年
です。
中で、『著作集第９巻---東洋哲学』に
ガツン！とやられまして＾＾。
お互い様、井筒氏の魔法からは逃げられ
ませんね、たぶん･･･一生＾＾・・・ガンバ！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>こんにちは。はじめまして。<br />
取りすがりのものですが<br />
私も井筒氏に魅かれております。<br />
･･･でも、知ったのが遅く･･･ここ数年<br />
です。<br />
中で、『著作集第９巻&#8212;東洋哲学』に<br />
ガツン！とやられまして＾＾。<br />
お互い様、井筒氏の魔法からは逃げられ<br />
ませんね、たぶん･･･一生＾＾・・・ガンバ！</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
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		<title>
		Tomo より		</title>
		<link>https://kohan-studio.com/otterhaus/archives/50827649.html#comment-24</link>

		<dc:creator><![CDATA[Tomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Aug 2010 20:11:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[はーい、可愛がります！
ああ、そうでしたか。認識論を写真論として読み替えたわけですか！面白い読み替えですね！
＞20メートルぐらい先にある別の木を何十分も見つめ続けていると、そのうちに何だか変な気分がしてきた。何で木は「木」なのだろうか。木をその周囲と区分して認識するのはなぜなのか。
これ、ぼくもたまにあります（笑）
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>はーい、可愛がります！<br />
ああ、そうでしたか。認識論を写真論として読み替えたわけですか！面白い読み替えですね！<br />
＞20メートルぐらい先にある別の木を何十分も見つめ続けていると、そのうちに何だか変な気分がしてきた。何で木は「木」なのだろうか。木をその周囲と区分して認識するのはなぜなのか。<br />
これ、ぼくもたまにあります（笑）</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
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		<title>
		jsato@otterhaus より		</title>
		<link>https://kohan-studio.com/otterhaus/archives/50827649.html#comment-23</link>

		<dc:creator><![CDATA[jsato@otterhaus]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Aug 2010 14:14:50 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[＞Tomoさん
カワウソ本をご注文いただきましてありがとうございます。どうかかわいがってやってください！
それからご指摘の指示対象の件ですが、認識一般の指示対象ではなくて、「写真」という限定された枠内における指示対象のこととして書いたつもりなんです。「（何が写っているか明確にわかる）写っているもの」というような意味で、写真表現を論ずる場合にはよく使われている用法です。このあたり、あんまり厳密じゃなくて申し訳ないです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>＞Tomoさん<br />
カワウソ本をご注文いただきましてありがとうございます。どうかかわいがってやってください！<br />
それからご指摘の指示対象の件ですが、認識一般の指示対象ではなくて、「写真」という限定された枠内における指示対象のこととして書いたつもりなんです。「（何が写っているか明確にわかる）写っているもの」というような意味で、写真表現を論ずる場合にはよく使われている用法です。このあたり、あんまり厳密じゃなくて申し訳ないです。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
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		<title>
		Tomo より		</title>
		<link>https://kohan-studio.com/otterhaus/archives/50827649.html#comment-22</link>

		<dc:creator><![CDATA[Tomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Aug 2010 03:34:12 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[あ、そうだそうだ！！！先生のカワウソ写真集、ついに今日アマゾンで注文しました。可愛いおったーたちの写真が本で見られるのがとっても楽しみです～。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>あ、そうだそうだ！！！先生のカワウソ写真集、ついに今日アマゾンで注文しました。可愛いおったーたちの写真が本で見られるのがとっても楽しみです～。</p>
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		<title>
		Tomo より		</title>
		<link>https://kohan-studio.com/otterhaus/archives/50827649.html#comment-21</link>

		<dc:creator><![CDATA[Tomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Aug 2010 03:30:48 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[マイミク追加ありがとうございました。
＞書いてあることは東洋（というか非西洋）哲学の共時的構造化という、むちゃくちゃに難しいテーマである。でも不思議と読めるのである。小説並みにページが進むのである。つまり読んでて面白い、のである。
小説並みにページが進む、って感覚、わかります。井筒さんはすごい。僕は途中までと最後の２章（禅について考察しているやつ）だけしか読めていませんが・・・。
＞写真が単なる薄い紙の表面に展開される色の重ね合わせと見えるようにならない限りは、指示対象から逃れることなど絶対にできないのである。
いや、思うのですが、そして細かい揚げ足とりに聞こえてしまうかもしれないのですが、「単なる薄い紙の表面に展開される色の重ね合わせ」というのもまた言語による分節＝指示対象（紙、色、etc...）からは逃れえてないのではないでしょうか。「見る私」や「見られる世界」すらも消え去り、それゆえ見える／見えないという観点すら消え去り、いやまたその「消え去る」という言葉すら消え去ってしまうような地点・・・。むむむ。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>マイミク追加ありがとうございました。<br />
＞書いてあることは東洋（というか非西洋）哲学の共時的構造化という、むちゃくちゃに難しいテーマである。でも不思議と読めるのである。小説並みにページが進むのである。つまり読んでて面白い、のである。<br />
小説並みにページが進む、って感覚、わかります。井筒さんはすごい。僕は途中までと最後の２章（禅について考察しているやつ）だけしか読めていませんが・・・。<br />
＞写真が単なる薄い紙の表面に展開される色の重ね合わせと見えるようにならない限りは、指示対象から逃れることなど絶対にできないのである。<br />
いや、思うのですが、そして細かい揚げ足とりに聞こえてしまうかもしれないのですが、「単なる薄い紙の表面に展開される色の重ね合わせ」というのもまた言語による分節＝指示対象（紙、色、etc&#8230;）からは逃れえてないのではないでしょうか。「見る私」や「見られる世界」すらも消え去り、それゆえ見える／見えないという観点すら消え去り、いやまたその「消え去る」という言葉すら消え去ってしまうような地点・・・。むむむ。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
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		<title>
		jsato@otterhaus より		</title>
		<link>https://kohan-studio.com/otterhaus/archives/50827649.html#comment-20</link>

		<dc:creator><![CDATA[jsato@otterhaus]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 12 Apr 2010 04:48:15 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[時代錯誤さま、
身に余るお言葉をありがとうございました。
この本を初めて読んでから17年、ますます「雑事と喧騒」にどっぷり浸かる日々ですが、ときおり無性にこの本の世界に首を突っ込みたくなることがあります。おそらく自分にとって死ぬまでずっと魅力的な本であり続けるのだと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>時代錯誤さま、<br />
身に余るお言葉をありがとうございました。<br />
この本を初めて読んでから17年、ますます「雑事と喧騒」にどっぷり浸かる日々ですが、ときおり無性にこの本の世界に首を突っ込みたくなることがあります。おそらく自分にとって死ぬまでずっと魅力的な本であり続けるのだと思います。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		時代錯誤 より		</title>
		<link>https://kohan-studio.com/otterhaus/archives/50827649.html#comment-19</link>

		<dc:creator><![CDATA[時代錯誤]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 11 Apr 2010 12:15:22 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[お話、大変に参考になりました。三十前後は、正にお書きに成られている様な状態が普通です。余程、特殊な状態に居て、（例えば、修道院とか僧院とか、で過ごし）静寂な瞑想修行などを体験していない限り、三十代でヘーゲルの様に精神現象学を企画しょうとする事など、とても不可能です。
誰の中にも、哲学的精神は宿っていますが、その芽は、世間の雑事と喧騒の中に、枯れて仕舞うことが大半です。しかし、時には、目を凝らし無音の静寂の中に居ますと、不思議と普段表に出てこない、表層意識を超えた、もっと深い意識の波動が、表面に浮かび上がって来ます。それこそ、認識の醍醐味です、言語の深遠は、その様な次元でのみ真に把握できる可能性があります。お話非常に面白かったです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>お話、大変に参考になりました。三十前後は、正にお書きに成られている様な状態が普通です。余程、特殊な状態に居て、（例えば、修道院とか僧院とか、で過ごし）静寂な瞑想修行などを体験していない限り、三十代でヘーゲルの様に精神現象学を企画しょうとする事など、とても不可能です。<br />
誰の中にも、哲学的精神は宿っていますが、その芽は、世間の雑事と喧騒の中に、枯れて仕舞うことが大半です。しかし、時には、目を凝らし無音の静寂の中に居ますと、不思議と普段表に出てこない、表層意識を超えた、もっと深い意識の波動が、表面に浮かび上がって来ます。それこそ、認識の醍醐味です、言語の深遠は、その様な次元でのみ真に把握できる可能性があります。お話非常に面白かったです。</p>
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